疾患におけるバイオマーカーの探索

糖鎖修飾とは

 研究対象である糖タンパク質糖鎖について述べるが、糖鎖修飾は翻訳後修飾の一つであり、分泌タンパク質では90%以上が、膜タンパク質では半数以上がこの修飾を受けている(上図左)。膜糖タンパク質糖鎖は血液型物質の抗原エピトープやウィルスレセプターとなっている。分泌タンパ質の代表例である血清糖タンパク質のほとんどは、糖鎖末端がシアル酸α2,6ガラクトースの2糖からなる糖鎖修飾を受けている。血中を循環する間に最末端のシアル酸が切断されると内側にあるガラクトースが露出する。肝細胞には、このガラクトースを認識するレセプターが存在し、ガラクトース末端を持つ糖タンパク質を取り込みリソソームで分解する。すなわち、血清糖タンパク質糖鎖の寿命は糖鎖構造の変化によって決定されている(上図右)。

認知症診断の問題点

 最新の疫学調査によれば、国内の認知症患者は250万人を超えようとしている。そのうち100万人近くを占める脳血管性認知症はMRI等の画像により診断される。他の認知症としては、アルツハイマー病(AD)患者が120万人、特発性正常圧水頭症(iNPH)が30万人と推定されている。

 図1のMRI画像に示されるように、AD とiNPHではコントロールと比べて脳室(脳中心の黒色部分)が著しく拡大している。この脳室拡大と認知症を共通して示すため、両疾患は鑑別が難しい。治療に関しては、アルハイマー病の根治薬は上市されていないのに対して、iNPHは小手術(脳室−腹腔シャント手術)により“治る”認知症である。しかし、この手術は年間1,200例に留まっており、30万人の潜在患者のうち根治手術を受けているのは0.4%に過ぎない(国内・単年度当たり)。この理由は、iNPHとアルツハイマー病患者を区別する有効なマーカーが確立していないためと考えられる。現在、iNPH診断では髄液を30mL除去する検査(タップテスト)がおこなわれるが、患者の負担が大きい上に、見逃し例が40%~60%もあり、多くのiNPH患者が正しく診断されていないのが現状である。従って、ADマーカーとして確立している“タウ/Aβ42比率”に加えて、iNPHの新たな診断マーカーが求められている。

脳型糖鎖の発見

 髄液は脳周囲を循環する体液であり、中枢神経系マーカーの宝庫と考えられている。そこで、髄液タンパク質の系統的な解析を目的として、各種の抗体を用いたウエスタンブロット法によるスクリーニングを行った。その結果、髄液トランスフェリン(Tf)には血清トランスフェリンと同じ移動度のもの(血清型Tf-2)と、髄液に特有のもの(脳型Tf-1:図2のブロットに赤印で示した)の2種類が存在することが明らかとなった。両者を精製してその構造の違いを調べたところ、糖鎖修飾が異なっていた(図2右側のスキーム)(Futakawa S, Nara K et al, Neurobiology of Aging2012, Shirotani K, et al, Int J Alz Dis2011)。すなわち、タンパク質部分は同一であるが、糖鎖部分のみが異なるアイソフォーム(異性体)が見出された。

   重要な点は、通常のプロテオミクスの手法では、タンパク質部分の分析しか行わないので、脳型Tf-1と血清型Tf-2は“同じ分子(Tf)”とカテゴライズされ、Tf-1プラスTf-2の総量がマーカーとして検討されることになる。その結果、下記のような糖鎖マーカーは見逃されてしまう。

認知症診断マーカーとしての脳型Tf-1

 iNPHは髄液代謝異常による認知症であり、しばしば歩行障害や尿失禁を伴う。本疾患においてTfアイソフォーム濃度を分析したところ、血清型Tf-2は全く変化しないのに対し、脳型Tf-1はコントロールに比べ減少していた(図3A)。この現象の診断的有用性を調べるために多数症例での検討を行った。多数症例の分析では複数のウェスタンブロット膜を用いるので、ブロット間の誤差を生じないようにTf-2/Tf-1比率を診断マーカーとした(トランスフェリン・インデックス)。

図3 iNPHの脳型Tf-1の低下

iNPHは髄液代謝異常を示す。脳型TF-1は低下していたが、血清型TF-2は変化しない(A)。多数症例の比較のために、TF-2/TF-1比をインデックス値として示す(TF-1が分母なので、TF-1の低下により比は増加する)(B)。外れ値(○)や極値(●)も統計計算に含まれている。

なお、このインデックではTf-1が分母となっているので、Tf-1の減少によりインデックス値は上昇する。iNPHの診断感度は76%、特異度は73%であった。重要な点は、本疾患と鑑別すべき認知症であるアルツハイマー病と高い有意差(p=0.001)を示したことである(図3B)。 また、血清型Tf-2は全く変化しないのに対し、脳型Tf-1のみが減少していたことは、両Tfアイソフォームの独立した代謝回転を示唆している。

Tf-1およびTf-2の産生組織

 脳型Tf-1は、髄液にのみ検出されることから、中枢神経系内で生合成されると考えられた。そこで、抗Tf抗体を用いた免疫組織化学を行った。その結果、髄液産生を行う脈絡叢上皮細胞が強く染色された(図4A)。脈絡叢は毛細血管に富む組織であり、血管を一層の上皮細胞(脈絡叢上皮細胞)が覆っている。この上皮細胞は、1日あたり600mLの髄液を産生するが、髄液腔の体積は150mLにすぎないことから、髄液の活発な代謝回転(産生・吸収)が示されている。従って、脳型Tf-1は同細胞で生合成され、髄液中に分泌されると考えた。一方、血清型Tf-2の由来については、Tf-2と血清Tfの糖鎖パターンがマイナー成分まで良く一致すること、Tfの血中濃度は髄液の30倍であることから、血中から髄液への受動的拡散メカニズムを想定しうること、の2点から血清型Tf-2は血清から由来すると考えた(図4)。

図4 脳型TFは脈絡叢に、血清型は血液に由来する

髄液産生組織である脈絡叢を抗Tf-1抗体で染色した(茶色のシグナル)。毛細血管を覆う一層の脈絡叢上皮細胞が強く染色された(A)。従って、脳型Tfは脈絡叢に由来し、血清型Tfは血液に由来するとの仮説を立てた(B)。

 iNPHとコントロールの髄液でTf総量をサンドイッチELISAで測定しても有意差はなかった。これは総Tf量にしめる血清型Tf-2の含量が多いため、髄液型Tf-1の変化が見えなくなったためである。すなわち、糖鎖部分を区別してマーカー探索することが今後は求められると思われる。プロテオミクスから“グライコ”プロテオミクスへと時代が変化しつつあると考えている。

脳型糖鎖

 我々は、髄液中に脳型糖鎖を持つ糖タンパク質を多数見出している。脳型糖鎖は、中枢神経系で生合成されると考えられるので、これらの脳型糖タンパク質は中枢神経系疾患のマーカーになり得ると思われる。事実、いくつかの脳型糖タンパク質が特定の疾患で変化することを見出している。脳型トランスフェリン1(Tf-1)を含めた、これらマーカー糖タンパク質が持つ病理学的あるいは生理学的意義を明らかにする研究を進めている。

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